1895年にジェームズ・ネイピアの息子モンタギュー・ネイピア(
Montague Napier )が後を引き継ぐとモンタギュー・ネイピアの友人であったセルウィン・エッジ(
Selwyn Edge )にレーシング・カーを改良する仕事を引き受けた。改良に満足したエッジはネイピアで製造する全ての車を購入すると合意した。ネイピアはオリーブグリーンで塗装した6
気筒の車を初めて生産した。フランスのゴードン・ベネット・レースなど多くのレースでネイピアのレーシング・カーが勝利を飾った。
1903年には車の生産は250台に達した。