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「トヨタ・セルシオ」||車-LINK.com [05/25update]

トヨタ・セルシオ wikipedia|無料辞書

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トヨタ・セルシオ(Celsior )は、かつてトヨタ自動車が製造・販売していた大型の最高級セダンである。
日本では「トヨタ」ブランドのセルシオとして販売された一方、北米などではトヨタの高級車専門販売チャネル、「レクサス」ブランドのフラグシップカーとして初代からレクサス・LSの名称で販売された。
トヨタは2005年から日本でも「レクサス」ブランドの展開を開始し、2006年9月にはセルシオの後継車種となる新型LSを発売。取扱店もレクサス店に完全に移行することとなった。それ以前の取扱店はトヨタ店トヨペット店であった。

◆ 概要
レクサスLS(1989年)
1989年、米国にて立ち上げられたトヨタの高級車専門販売チャネル「LEXUS(レクサス)」に「ES250」(日本名;カムリ・プロミネント)とともに、そして同チャネルの最上級車として「LS400」は発売された。それまではメルセデス・ベンツBMWといった(一般的には)高級車ブランドの間に、安い車のイメージの強かった日本のメーカーが割って入る余地は無いと思われていた。しかし、トヨタは米国市場を中心に1980年代初頭から徹底したマーケティングを行った結果、新規参入するには日本特有の「もてなしの心」が重要であると判断。仮想敵である上記ドイツ車群や他メーカーにはない圧倒的な静粛性と快適性、そして日本車特有の繊細さを前面に出すことで、登場するや否や米国人の心を捉え引く手数多の人気となり、レクサスブランドの礎を築くきっかけとなった。この車の出現はクルマ業界全体を震撼させたことはもちろん、メルセデス・ベンツBMWなど同クラスの高級セダンの車作りの概念をも変えてしまったと言われるほどだった。同時期に日産が北米市場にて高級車チャネル「INFINITI(インフィニティ)」を設立するも、先行するベンツやBMWの後追い感が否めない車種ばかりであったことから、半ば失速状態での運営スタートとなったのとは対照的であった。また、トヨタの「レクサス」ブランドの成功により、後にフォルクスワーゲンなどの大衆車メーカーが高級車市場へ参入するきっかけともなった。
そして同年10月、日本国内でも「セルシオ(CELSIOR)」の名で販売を開始。本来ならトヨタの伝統的車種クラウンがあるために日米における趣向性の差異を考慮して日本導入は見送られるはずだったが、既存の国産セダン車のイメージを覆した日産シーマが爆発的なヒットを記録したことを受け、日本車の枠に留まるクラウンクラスでは満足出来なくなった顧客層の要望に応えるためにクラウンセンチュリーの間に位置する新しい車種として発表された。そのデビュー時、新聞では2面広告が打たれ、セルシオを擁して「新しいトヨタ」を大々的に宣伝した(それにあわせるようにセルシオの登場を機に現在のトヨタCIマークの使用を開始)。ショーファードリブン(オーナー自身は運転しない)が前提のセンチュリーを除くと当時の日本車の中では最高級車に位置付けられていた。
法人需要も多かったが、VIPカーと呼ばれるドレスアップ改造車のベース車として人気を博している。そのため中古市場でも人気が高い車種である。

◆ 形式名
UZ形式のエンジンを搭載し、車両形式名がXFであり、トヨタの型式ではZ+X=Cとなることから、UCFから始まるものとなる。
型式はUCF10/11・20/21・30/31が存在し、'0'で終わるものはコイルサスペンション装備、'1'で終わるものはエアサスペンション装備の車両である。

◆ 歴史

◇ 初代 F10型(1989年-1994年)
1989年10月9日登場。キャッチコピ―は「この車から、クルマが変わります。」「トヨタ50年の歴史を超えた創造と挑戦の車、セルシオ。」「最高という名のセルシオ。」
エンジンV8・4000cc(1UZ-FE)を使用している。装備の違いでA・B・Cのグレードが存在した。
サスペンションは、前後ダブルウィッシュボーン式となる。AとB仕様はコイルサスペンションを装備した。B仕様には、路面状況によりダンパーの減衰力が通常走行時の「ハード」の設定から瞬時に「ソフト」に切り替わる電子制御サスペンション「ピエゾTEMS」が装備された。C仕様には、乗り心地がさらにスムーズになる電子制御エアサスペンションを装備した。この仕様には後席の居住性を重視した「Fパッケージ」が存在し、センチュリーのようなショーファードリブンとしての使用を視野に入れたものである。最廉価のA仕様はオーナードライバー向けの仕様としたが、売れ筋はC仕様であった。これは中古市場でもかわらない。このA・B・Cという基本グレード構成はセルシオのアイディンティティとして3代目まで受け継がれた。
なお、車体そのものや車体に貼られるエンブレムにこのパッケージの違いは出ておらず、そこがクラウンなど既存の国産車との趣向の差である。
また、メーカーオプションでカーオーディオに再生専用のDATデッキ(パイオニア製。自動車メーカー向けの純正品としては業界初にして世界初)を選択する事も可能だった。
1992年8月にはマイナーチェンジが行われ、16インチホイールとブレーキローターの採用(従来は15インチ)、助手席エアバッグやGPS対応のエレクトロマルチビジョン(当時は珍しく音声ガイド付でオプション価格も90万円した)の設定など実用的な装備の充実だけにとどまり、外観の大きな変化はインチアップに伴うアルミホイールの意匠変更とリアエンブレムのTOYOTAの文字が省かれたくらいである。

◇ 2代目 F20型(1994年-2000年)