1619年
ランスのラシャ商人の家に生まれる。
スコットランド系の家柄とされる。20歳の頃から政府関係で働き始め、1661年に長年ルイ14世の宰相を務めた
マザランが死去すると、ルイ14世親政下の財務担当となり、
フーケの失脚によって権力を握った。1664年に財務総監に就任したのを始め、20年以上にわたってフランス
絶対主義時代の財務を担当した。この間、
重商主義的な観点から
フランス東インド会社だけでなく、西インド会社・レバント会社・セネガル会社などを設立し、また17世紀前半に発見され、細々と植民拠点が維持されていた
ケベック(フランス領
カナダ)に大規模な植民団を派遣した。