これらの事件の直後に、
富山県氷見市でアベックが4人組の男性に襲われる事件が起きる。アベックは
猿ぐつわをはめられ、体ごと袋に入れられたが、ちょうど近くを通った犬の鳴き声を聞いた男達はアベックを置き去りにして逃亡した。アベックはそれぞれ袋に入れられたまま近くの民家に助けを求めた。場所はやはり海岸で、海水浴場の一角でもあった。しかし明らかに
ステテコ姿に
ズック靴で海水浴客とは思えないような格好だったこと、そしてアベックの近くでずっと座ったまま身を潜めていたこと、これらのことをちょうど救助先の民家も当日海水浴場にいて不審に感じていたことから、土地勘のない人間による犯行の可能性が考えられた。更に4人組が現場に残した遺留品を鑑定した結果、猿ぐつわや
手錠等の品質から、工業力に劣る外国製の物であることが判明した。
サンケイ新聞社会部記者の
阿部雅美は、この頃「日本海側の各地でおかしなことが起きている」という地元の噂を耳にし、取材を進めていたところ、3件の失踪事件とこの誘拐未遂事件にたどりつく。阿部は3件の失踪事件に共通点が多いこと、誘拐未遂事件の遺留品が日本製でなかったこと、またその時に4人組がアベックを袋に入れたことに着目し、「袋に人間を入れて運ぶという発想は日本人では考えられない」と疑問を抱く。更に1978年夏には外国を発信源とする怪電波が多くキャッチされていたことが、
警察庁の調査で明らかになっていた情報も入手する。これらの事実を元に阿部は1つの事件として結びつけていく。
1980年1月7日、サンケイ新聞は1面トップで「アベック三組ナゾの蒸発 外国
情報機関が関与?」と暗に
北朝鮮による
犯行であることを示唆。阿部によるスクープは世論にある程度の衝撃を与えたが、当時の日本では
社会党をはじめ親北朝鮮勢力が政界・マスメディア界で幅を利かせており、他のメディアも「産経は公安の情報に踊らされている」として、動かなかった。社会党も、友好関係にある
朝鮮労働党の“北朝鮮は事件と関係ない”とする説明を鵜呑みにし、拉致被害者奪還の国民運動まで高まることは無かった。